《随時更新中》夏に読みたい本をまとめました

小川洋子がひっそりと紡ぐ物語『琥珀のまたたき』

本の感想

【書評】幸福の壁の中と外『琥珀のまたたき』小川洋子

例えば、部屋から1度も出たことがない子どもがいるとする。

子どもはそこで母からの愛情を一身に受け、自ら楽しみを見出している。

実は母は子どもを心理的に監禁している。
だが、ふたりはいつも幸せに暮らしている。

そこに土足で踏み入って、彼らの幸せを奪うことは果して正しいことなのだろうか。

もちろん、子どもに心理的な圧をかけ選択肢を奪っていることは悪なのだが――。

母は外にいるなにかから子どもを守っているのかもしれない。

もしかすると彼は外に出ない方が安心で幸せかもしれないし、……、それは誰もわからない。

――、本書もそんな状況にある。

あらすじと概要

始まりは、妹が犬になめられたことだった。

犬に頬をなめられた妹は翌日、肺炎で死んでしまった。

ママは妹が死んだことを犬のせいと決め、決して疑わない。

そしてパパの遺した別荘にオパール、琥珀、碼碯の3兄弟を連れ旅に出た。それは魔犬から逃れるための旅。――元の世界には戻れない旅となる。

ママは3兄弟を前に約束を与えた。

「壁の外には出られません。」
最も大事な禁止事項を、ママは言い渡した。
「魔犬のせいね」
ママは門を鍵で閉ざした。
子どもの力では回せない頑丈な鍵だった。

そんな特殊な状況でも子どもたちは対応していく。3兄弟は禁止事項を守りつつ、思いっきり楽しむ術を身につけた。

それは「壁の外側にいたときより内側に閉じこもってからの方が、ずっと広い世界にいられる」と思えたほどだった。

オパールはダンスを踊り、瑪瑙は歌を歌い、
そして琥珀は図鑑に死んだ妹を書いた。

3兄弟、図鑑に書かれた妹、そしてママは静かに慎ましやかに、幸福に暮らしていた。

だが当然、そんな非日常的な日常が永遠に続くはずがない。

ほんの些細な約束がこっそり破られるごとに、家族だけの暮らしは綻びを見せていく。

静謐で美しく歪な世界

小川洋子の文章は、静謐で美しい。

とても静かで、誰もが触れられないところで、書かれているように感じられる。

読者は水面に波紋を立てないように慎重に、水の奥深くにある言葉を取り出さなければいけない。

それは難しく、神経を使う作業だが、いつのまにかそれが病みつきになってくる。

○ ○ ○

小川洋子のこの文章は、「大きな声を出すこと、余計な物音をたてること」を禁じられ、「門を鍵で閉ざ」されたこの物語によく似合う。

このストーリが既に先にあり、誰かにこの小説を書いてくれて頼んだところで、きっとこの世で小川洋子しか書けないだろう。

それくらい小川洋子と『琥珀のまたたき』は親和性が高い。

また小川洋子の描く、いびつで、ゆがんだ世界は、気がつくと妙に癖になっている。

そしていつの間にか、それをいびつと感じさせない――、まるで日常のように思わせるのが小川洋子はとてもうまい。

ママは白いブラウスにツイードのスーツ姿で、左の肘にハンドバッグを提げ、右の方にツルハシを担ぎ、ウェーブのかかった髪を背中で揺らしながら遠ざかって行った。明らかに重すぎるツルハシのせいで体は右側に傾き、足取りはおぼつかなかった。万が一ツルハシが役に立たなかった場合に備え、先の尖った革靴を履くのも忘れなかった。

もし最初、その奇妙のせいで、物語にうまく入り込めなくても焦ってはいけない。

徐々に読んでいるうちに、その奇妙さが普通になり、どうしてとても愛おしく思えてくる。

そして3兄弟、ママは幸福になれるのか。
気になる結末に手が逸るが、物語が終わっていくことが惜しくて、切ない。

だが最後の美しさは物語の終わりに相応しい。

読んだことを絶対に後悔させない、静謐で美しく、愛おしいほど奇妙な1冊。

琥珀のまたたき (講談社文庫) [ 小川 洋子 ]
楽天ブックス
¥ 734(2019/08/11 17:25時点)

コメント

タイトルとURLをコピーしました