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戦争、原爆、未経験の長野まゆみが書いた原爆小説『八月六日上々天氣』の感想は?

本の感想
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正直戦争未経験者が書く戦争小説なんて期待していませんでした

例えば、戦争で有名な物語といえば、
野坂昭如の「火垂るの墓」だろうか。

ジブリで映画アニメーション化までされた本作は、トラウマ作品とまで言われているが、そのいくつかの描写は野坂昭如が体験したことだと言われている。

見るだけでトラウマになる体験を、実際に体験したらどんなものなのだろうか。

たぶん、「火垂るの墓」ですら戦争の恐怖を伝えきれない。

であれば、経験していない人が戦争小説をどうやって書けばいいのだろうか。
その答えが「八月六日上々天氣」なのかもしれない。

非戦争体験者が書く新しい戦争小説

「八月六日上々天氣」が新しい戦争小説である理由は、空襲などを詳細に書かないところにある。

書いてあるところといえば、

呉の方角の天は夜通し紅蓮に染まった。

という始まりから12行のみで、これも主人公が体験したことではなく、主人公の家から見える空を描写したものでしかない。

それ以外はこれと言って記述がない。

本作の舞台は最後、広島へとうつる。
広島といえば、原爆だが、その記述もない。

タイトルにもなっている8月6日といえば、広島に原爆が投下された日なのだが、

八時過ぎごろ、台所のガラス戸がやけに振動するので、珠紀は庭へ飛び出した。
「小母さん、今、地震があったのじゃないかしら、」
「東京と違うけん、ここいらじゃ、やたらと地震なんてありゃせんよ。」
洗濯をしていた小母さんは、こともなげに答えた。

原爆の記述もこれしかない。

それでもこれが戦争小説としてなりなっているのは、読者が戦争の悲惨さを知っているからである。

本作の主人公は女学生で、戦争中だというのに、お洒落ができないとか、婚礼が悩みのタネになっている。

彼女たちは戦争の恐ろしさにそこまで逼迫していない。

なので、やけに平和に思える。
戦争中なのにのんびりしているなあ、とさえ思えるのである。

しかし読者は知っている。
徐々に戦争の影が彼女らに落ちてくることを。
そして、徐々に被害が明らかになってくることを。

すると不意に怖くなる。
この平和でのんびり、今と変わらない悩みを持つ女学生たちが、もしかしたらページが進みゆくうちに戦争で亡くなるかもしれないという事実に。

それは戦争の悲劇的な写真よりもいっそうリアルで、恐ろしいことかもしれない。
戦争の悲惨さはもちろん、徐々に人々の生活が苦しくなり、その最後が想像できてしまうことは。

もう戦争の悲惨さは色々聞いているのであれは、こういった戦争小説もありかもしれない。

そういえば、こうの史代の「この世界の片隅に」もこんな感じだった。

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