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大人になった同級生の優しい恋の物語 中村航の『あのとき始まったすべてのこと』

本の感想
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【書評】泣き笑いが止まりません。『あのとき始まったすべてのこと』中村航

ずっと目には涙がたまっていた。
――、涙をためながら笑っていた。

でもこの小説は、
お涙頂戴の感動物語じゃない。
奇跡の確率で、色々な要素が混ざりあった、
最高の小説としか言えない。

中村航の魅力と本書の魅力

登場人物を魅力的に書く作家ほど偉大であり、中村航もその偉大な作家のうちの1人。

彼は平凡な登場人物を、すごく魅力的に描くことに長けている。

本書の主人公 岡田くんは、技術系の会社に務めている。
彼は週に3回くらい、会社の先輩である門前さんと、ランチに行き、味噌汁分のお金を出してもらっている。

彼らはそこでくだらない話をし、終えると門前さんはフリスクを食べ、それを合図に席を立つ。
そしてふたりは仕事に戻る。

彼らは小説の登場人物としては驚くほど平凡で、変哲のない人生を送っている。

ある日、営業先の担当者と出身地が同じことが判明し、話が盛り上がった。
彼らは地元のトークを一通りしたあと、共通の友人を探し始めた。

岡田くんはふと思い出したように、石井さんという中学時代、隣の席にいた女の子のことを聞く。

岡田くんは、石井さんの人生で最も彼女を笑わせた人であるという自負を持っていた。

石井さんは給食で親子丼が出るたびに、「親子丼ができたどーん」といい、岡田くんは、「牛丼一筋300年!」と対抗した。

あの頃、僕らの日々は、コップの中のカオスのように揺らいでいた。
十何人かの男子と十何人かの女子は、一つの箱の中で、沸点を忘れた液体のようにもみあっていた。

大人になって考えてみると、全く面白くないことだが、揺らぐコップの中、ふたりはそうやっていつも笑っていた。

取引先の担当は石井さんと同じ高校だった。
そして――、石井さんと、岡田くんは10年ぶりの再開をすることになる。

多分それは珍しいことじゃない。

俺くらいの時になるとな――、
十年ぶりとか、十五年ぶりとか、そういうことってすげえ増えてくるんだよ。

と、門前さんも言う。
だからやっぱり、奇跡になんて程遠い。

でも彼らは出会う、――、それも10年ぶりに。

何かが始まるとき、今がそのスタート地点だと意識できることなんて、ほとんどなかった。
その時始まったと思っていたことは、あとから考えてみると、もっと前から始まっていたりするし、始まったと思っても実はまだ何も始まっていなかったりする。

そう考えると、先週の金曜日の僕は、まあまあだったんじゃないかと思う。あの日の僕は、まぁまぁ正しくて、まあまあ陽気で、まあまあ研ぎ澄まされていた気がする。

まあまあな金曜日――、
そして『あのとき始まったすべてのこと』がこの本にはある。

愛すべき記憶、愛すべき登場人物

前述したが、始終目には涙がたまっていた。
そして、始終にやにやしていたと思う。

――不審者と思われても仕方がない。
電車で、泣き笑いしている男なんて。

でも仕方ない。
だってこの小説は――、そういう小説なのだから仕方がない。

本書の最大の魅力は、登場人物がみんな素敵なところにある。

例えば――、

  • ポケットにたくさんものを入れる岡田くん。
  • 頭の上に手をかざすと、ぺこんとお辞儀をする石井さん。
  • 犬に轢かれて骨折したトーガくん。
  • メダル王の柳くん。
  • そして大仏をくぐる白原さん 等など。

岡田くんと石井さんが再会したことで、みんなが記憶の中で再会する。

そしてそれは懐かしい。
彼らにも、そして私にも、懐かしい気持が湧き上がる。

あー、こんな人いた。
あー、こんなことで笑っていた。

不思議なことに、
いつしか登場人物のひとりとして、同級生の輪に入り込んだ気持ちになっていた。
そして私も再開を喜ぶ。

華やかな学生時代でもなく、
ごく平凡で、どこにでもあるような学生時代。
そしてその愛すべき学生時代を、
きっと誰もが懐かしく思い出せるであろう1作!

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