《随時更新中》夏に読みたい本をまとめました

江戸時代から高度経済成長期、そして令和へ。人々が繋ぐバトンの命『茗荷谷の猫』木内昇

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【書評】何も成し遂げていない人の大切な物語『茗荷谷の猫』木内昇

名作を読んでいる

読み始めてすぐに「名作」と確信を持てる小説が、この世にはいくつあるのだろうか。

木内昇の『茗荷谷の猫』は、数少ないであろうそのうちのひとつだ。

9つから構成される本書の1作目『染井の桜』を読み始めてすぐに、「いま、名作を読んでいる」と確信した。

それから読み進めていく間、ずっと名作であり続け、読み終えた時も「名作だった」と心から思える。
木内昇の『茗荷谷の猫』はそんな本だ。

茗荷谷の猫 (文春文庫)

懸命に生きた人々

本書は江戸時代から高度経済成長期を舞台とした、

『染井の桜ー巣鴨染井』
『黒焼道話ー品川』
『茗荷谷の猫ー茗荷谷町』
『仲之町の大入道ー市谷仲之町』
『隠れるー本郷菊坂』
『庄助さんー浅草』
『ぽけっとの、深くー池袋』
『てのひらー池之端』
『スペインタイルの家ー千駄ヶ谷』

の9篇から成る連作短篇集だ。

武士の身分を捨て桜の新種作りに生涯を費やす男とその妻。
人の心を穏やかにする薬を作り出そうと、黒焼きを研究する男。
映画製作に情熱を燃やす天真爛漫な青年
――など。

本書には歴史に名を残すことのなかった人々が登場しては去ってゆく。

彼らは取り付かれたように1つのことに熱中するのだが、ふっと風に吹かれるように物語から退場する。

例えば『庄助さん』では映画製作に情熱を燃やし、常にその草案を語っていた青年は、呆気ないほど簡単に戦地に送られる。

「のう、おっさん。やっぱり現実は思うたよりずっと手強いんじゃのう。でも僕、負けとうないのう」

彼はそのせいで情熱的に取り組んでいた映画製作をできずに生涯終えるのだ。

彼らは世間的には何も成し遂げていない。
成し遂げていないが、誰の記憶にも残らなかったわけではない。
妻であったり、町の子供であったり、戦地出てあった友人であったり、
彼らはみんな、誰かの記憶として生きている。
誰の記憶にも残らない人なんていないのだ。
みんなが協力するように記憶しあって生きることで、
バトンを繋ぐように、「今」まで繋いできたのだ。

解説で、春日武彦は言う。

安値がついた骨董品も江戸時代に作られたことが事実だったりすると、私は些かに不思議な気持ちになる。
江戸時代から現在に至るまでにどれほどの出来事があったことか。(要約 編集あり)

たしかに何かを成し遂げたひとはすごいが、何かを成し遂げた人と同時に、社会的に何も成し遂げなかった何百万人の人生がある。
そしてその人たちのおかげもあって今があるのだ。
木内昇の『茗荷谷の猫』は
そんなあたりまえ過ぎて忘れてしまうような大切なことを、改めて示してくれる名作だ。
茗荷谷の猫 (文春文庫) [ 木内 昇 ]
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茗荷谷の一軒家で絵を描きあぐねる文枝。庭の物置には猫の親子が棲みついた。摩訶不思議な表題作はじめ、染井吉野を造った植木職人の悲話「染井の桜」、世にも稀なる効能を持つ黒焼を生み出さんとする若者の呻吟「黒焼道話」など、幕末から昭和にかけ、各々の生を燃焼させた名もなき人々の痕跡を掬う名篇9作。

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