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【創作小説】蟹を探しているんですよ

創作

駅舎を出ると、冷たい北風が、襟を立てた外套の隙間から入り込み、寒さが身体に染み込んでくる。

観光地だというのに駅前の広場は閑散とし、旅館の客引きひとりすら見当たらない。

19時を回ったばかりだというのに最終列車だという私が乗ってきた列車は、乗車時からは想像もつかない程の、轟々という重っ苦しい音と、甲高い金属の擦れる音を残し、遠くへ走り去って行った。

これで私はひとりになった。
音ひとつしない観光地のロータリーでぽつねんと立っていた。

風が吹くとどこからともなく金木犀の匂いがする。
することなしにその金木犀の匂いのもとを目指し、歩き始めた。

1つ目の電柱をすぎ、2つ目の電柱をすぎ、3つ目電柱を過ぎたところで、どうして電柱を数えているのか不思議に思った。

そう言えば友人は電柱を数えているのが趣味だったと考え、そんな友人はいないことに苦笑する。

どうかしている。

「私はどうかしている」と声に出して呟いた。
当然誰も反応してくれない。
その声は、しんしんとアスファルトの上に落ち消えた。

金木犀の香りが消えたのは46本目の電柱を数えたときだった。

私は金木犀が消えたことと、それが46本目の電柱を数えた時だったということを関連づけて考えようとしたが、いっこうに関係性はわからなかった。

不意に目の前に女の子が現れた。
女の子は赤い浴衣を金魚みたいに着こなしている。

暗闇のなか、その赤はぼわっと浮かび上がるように思えた。

「おじさんは何をしているの?」
「おじさんは蟹を探しているんだよ」
私は自分の言葉にぎょっとする。

蟹を探している?

「蟹を探しているの?」
女の子は不思議そうに聞く。
「そうだよ。君のね、真っ赤な浴衣のように茹で上がった蟹を探しているんだよ」

女の子はじっと私の目を見つめる。
私もその視線に応えるように女の子の目を見つめた。
すると女の子の瞳が徐々にうるうるとしてくるのが見えた。

「私はね、蟹を探しているんだよ。君みたいな真っ赤な浴衣の色をした蟹を探しているんだよ。それはね、あくまでもね、蟹であってね、君が怖がることはないんだよ」

私は驚き、急いでそう言った。
私にはその言葉の意味が理解できなかったが、女の子は理解できたのかころころと笑った。

「なんだ、わたしはね、おじさんが、私みたいな女の子を探しているのかと思ったの。最近ね、ここでそういう事件がよく起こるんだって、だからね、ほら」

そう言って女の子は私に防犯ブザーを見せた。

「こういうのを持たされてるの。それでね、変な人に話しかけられたかけられたらね、こんな風にね」

女の子はそう言って、防犯ブザーの線を引き抜いた。

「紐を引っ張るって教わったんだよ」
という女の子の声は、びーびーなる防犯ブザーに消え隠れしながら聞こえた。

私はその音を深く不快に思いつつ、金木犀の香りを失ったこと、それが46本目の電柱を数えたときだったこと、そして防犯ブザーが鳴っていることを関連付けて考えようとしたが、こんなにも不可解な謎はなかった。

「どうしました?」

その声にはっとして振り向くとお巡りさんがいた。
いつの間にか、防犯ブザーの音は消えていた。
そうして女の子の姿も消えている。

「女の子を見ませんでしたか?」

私はお巡りさんに尋ねた。
お巡りさんは不思議なものを見るように答えた。

「見ていませんが……」
「いや、あの、いま防犯ブザーをね、鳴らされたような気がして」
と言いつつ私は口ごもる。

急に警戒したような顔つきになったお巡りさんは、
「あなたは何をしているのですか」
と聞いてきた。

「私はね、蟹を探しているんですよ、真っ赤な浴衣を着た蟹を。でもね、46本目の電柱を数えたところで、金木犀の香りを失って……、そうすると私の目の前に真っ赤な蟹に似た女の子が現れて……」

なんだか、頭がこんがらがり、何を言っているか分からなくなった私は、逃げるように走り出した。

速く47本目の電柱にたどり着かなければいけない。
そう思って絡まる足を懸命に前に出し、走った。

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