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【小説】夢から覚めない、永遠に(14279字)

夢から覚めない、永遠に 創作

俵藤さんの家は長い階段を登った先に、長い塀に囲われるようにしてあった。

「ここです、私の家は」

入り口から入ると、なるほどそれは綺麗なお庭であった。

広すぎるお庭を綺麗にまとめ上げていた。

「綺麗なお庭ですね」

「ええ、厨楽園を作った作庭家の方が設計してくれたらしくて」

「なるほど、しかし私が夢で見たお庭とは違いますよ」

「ええ、それは家の裏側ですので」

そう言って彼はひとりで歩いて行った。私は彼について行くと、そこに広がっているのは、確かに私が夢に見たお庭であった。

しかしそれは随分荒れ果てていた。そうして生臭い匂いが鼻に突いた。

しばらくして、その匂いの原因が、池の横に落ちて干からびた鯉の死骸のせいであると気がついた。

「これは?」

「雷獣にやられました」

「なるほど」

「しかし彼は井戸から逃げたのではないですか?」

「夜に戻って来たのです。そうして閉じ込められていた腹いせか、お庭を荒らしました」

「家の方々に被害はなかったのですか?」

「そりゃもう、雷獣に噛まれたら大変ですから、雨戸を閉めきってましたよ」

私はぶらぶらとお庭を歩いた。ぬかるんだ土が私の靴を濡らした。このお庭はいっそう雨が激しいように思われた。

――、池の水はすでに溢れだしそうであった。

 

「それじゃあ、どうか頼みますよ」

ふいに俵藤さんが言った。

私はどうして気がつくと井戸の中にいた。真っ暗闇の中、どうどうという音が反響したように、私を包むように、襲うように聞こえてきた。

井戸の通り道を通って、用水路のいっぽん下の通路に抜けて、私は泳いでいた。

こちらの水の流れは、用水路に比べて随分静かで、あの濁った水に比べると、清らかで、ときおり口に含むと柔らかかった。

――、不思議と息はできる。

上に流れる用水路がどうどうとうるさい。私はその音から逃れるようにすいすいと泳いだ。

時に用水路に抜ける道があった。そこではとびきりどうどうと云う音が聞こえる。そこを抜け出して雷獣は鯉を齧ったのであろう。しかしそうすると、まだこの地下水路にいるのか、あるいはもう用水路から町に抜けだしたのではないかと思った。

「そういうことはありません」

ふいに声がして振り向くと、金魚が一匹、並走している。もぐもぐと口を動かして、皺くちゃの顔はいつかのお婆さんに似ていた。

「やつはまだここにいますよ」

金魚が続けて云った。

「しかしどうして逃げ出さないのでしょうか?」

「それは夢ですから」

「これはやはり夢なのですか?」

「ええ」

「では私の思い通りに進むのですか?」

「あなたの夢でしたらそうでしょうが。今ここは彼の夢の中ですよ」

「彼?」

「ええ、俵藤さんですよ」

「なるほど」

私たちはそれから黙って泳いだ。小さな小さな金魚はくるくると私の周りを回っている。

――、ふいに金魚は私の目の前に小さな体で、立ちふさがった。

「やっぱり、あなたは逃げるべきです」

「どうして?」

「イズミさんの友だちだからです」

「あなたはやっぱり……、あの時はごめんなさい」

「そんなことはどうでもいいのですが、あなたは逃げるべきなのです」

金魚はそう繰り返した。

 

ふいに用水路からどうどうと大量の水が流れ込んできた。

私たちは流された。耳元で騒がしいほど、水が叫んでいる。気がつくと、再びは私は静かな水の中を泳いでいて、もう金魚はそばにいなかった。

代わりにけけけと云う鳴き声が聞こえた。驚いてその声の方に視線を向けると、ぷかぷかとケモノが浮かんでいる。

なんだかケモノはひどく弱っているように見える。

私は静かに近寄った。やつを捕まえて、早く現実に戻ろうと思った。手を握ると短い毛からぴりぴりと小さく電流が走った。そうしてそのケモノが雷獣であることを改めて思い出した。

しかし奴は抵抗するそぶりも見せなかった。そこで私は彼に抱きついた。小さな電流が再び私の体を走った。それは気持ちいいくらいであった。ケモノは小さくけけけと笑った。そうして私の腕をかぷりと噛んだ。ふいにどうどうという濁流の流れる音が聞こえてきた。振り向くと水がもうすぐ後ろまで迫ってきている。逃げる術もなかった。水に揉まれる中、ケモノは私の腕にはいなかった。流されていくうちに、夢から覚めていくのを感じた。

 

そこは真っ暗だった。しんしんと何かが響き渡っているようで、何も聞こえない。薄っすらと涼しかった。立ち上がると、眩暈がした。仕方なしに腕を使って、這いずるように歩いた。

「あなたは騙されたのですよ」

誰かが云った。暗さに目が慣れて来ると、隙間から入る太陽の光で、うっすらと見えるようになってきた。

私のおかげで晴れた。そう思うとなんだかこの町のヒーローになった気がした。

「ええ、悲劇のヒーロですね」

誰かが云った。

慣れた目で辺りを見渡すと、小さな鼠がいた。その小さな獣に私は驚いて飛びあがった。

「雷獣が死ぬとき、この町では誰かが生贄にならないといけません。それを俵藤さんが選ぶのです。あなたは雷獣に噛まれたでしょう。雷獣に噛まれると雷獣になるのです」

鼠が近づいてきて云う。

「あなたは選ばれたのですよ、そして俵藤さんが恐れられている理由も分かったでしょう」

私は扉であろう場所まで、這いずって行った。

そうして扉を開けるように叫んだ。

口の中でけけけと雷獣が鳴く声がしたように感じられた。

鼠はもうどこにもいない。私は蔵の中で独りぼっちであった。

 

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