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【書評】絶望の中に希望はあるのか『最後の命』中村文則

本の感想 本の感想

絶望と憂鬱を抱えて歩く主人公は、それを自ら抱きこむように生きている。
「ああ、大丈夫、怖くないよ」
―― 果たして、人生はやり直せるのか。


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著者:「中村文則」情報

1977年愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年、『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。2004年、『遮光』で野間文芸新人賞、2005年、『土の中の子供』で芥川賞、2010年、『掏摸<スリ>』で大江健三郎賞を受賞。2012年、『掏摸<スリ>』の英訳が米紙ウォールストリートジャーナルの年間ベスト10小説に選ばれる。2014年、アメリカでDavid L. Goodis賞を受賞。その他の著者に『悪意の手記』『最後の命』『何もかも憂鬱な夜に』『世界の果て』『悪と仮面のルール』『王国』『迷宮』『惑いの森~50ストーリーズ』『去年の冬、きみと別れ』がある。

「最後の命」抜粋

最後に会ってから七年。ある事件がきっかけで疎遠になっていた幼馴染みの冴木。彼から「お前に会っておきたい」と唐突に連絡が入った。しかしその直後、私の部屋で一人の女が死んでいるのが発見される。疑われる私。部屋から検出される指紋。それは「指名手配中の容疑者」である。冴木のものだと告げられ―。

絶望の中に希望はあるのか

絶望のなかの絶望

中村文則の初期作品を読んでいると私はいつも途中で小説を投げ出したくなる。
それは主人公のいかれた性格が暗い過去の外的要因からなり、さらに主人公の口から詳細に独白されるからである。

江戸川乱歩だったり芥川だったり、百閒だったり、
私は主人公が少しおかしくなっているくらいの小説が好きでたまらない。
―― が、江戸川乱歩の作品ではおかしな主人公がおかしな行動をするということはあるが、どうして主人公おかしくなったかが語られることはない気がする。
そのため安心して客観的に、おかしな主人公を見ることができるが、中村文則の場合はおかしな主人公の騙りに飲み込まれて自身を同一化してしまうのである。

少年時代に受けた精神的打撃や、人には言えない秘密を抱えてじりじりする主人公が、缶コーヒー片手に夜の町を徘徊し、公園でぼんやり煙草を吸い続け、次第に冷静さを失って誰かに(或いは自身に八つ当たり。中村文則の特に初期の小説をざっくり要約すると、どれもこんな話になる。

と解説で文芸評論家の佐藤康智さんが言っているが、中村文則の初期作品はまんまこんな感じで、「少年時代に受けた精神的打撃や、人には言えない秘密を抱えてじりじりする主人公」を見ていると辛くなって、本を投げ出したくなるのである。

今回の作品では、
幼少期にホームレスの集団レイプを目撃したことで、主人公は心に大きな傷を負ってしまう。それは本当に大きな傷で、小学校5年生の時と高校3年生の時、2度も精神科で治療をしている。
そのせいで主人公は悩みの人生を送ることになる。

集団レイプを止められなかった自分は卑怯者なのか? 或いは不可抗力だったのか? そう割り切ってしまっていいのか? 生きていれば性犯罪を繰り返す可能性のある人間を見殺しにするのは倫理上許されることなのか? それが罪ならいかにして償えばいいのか? そもそも倫理とは何か? はたまた暴力的な性欲を有してしまう人間とは何か? 自分にもそういう性欲は内在するのか? だとしたらその原因は何か?

と、とにかく悩みまくるのである。
人間とは悩みながら成長していくものであるが、こんなにつらい悩みを抱えた人生があるのだろうか。
この主人公に落ち度はないというのに、偶然が彼の人生を特別なものにしてしまったのである。

例えば太宰治の主人公も悩みまくるのであるが、時にそれは滑稽に見え、読んでいある時にふと笑いをもたらしてくれる。
しかし中村文則の主人公はそれがない。とにかく重く黒い憂鬱がつきまくっているだけなのである。

中村文則という文学エンタメ作家

しかし私はこの本を投げ出すことができない。
それは主人公がいかに成長していくか、変わっていくのか、悩みにどのような回答を出すのかという文学的な側面からではない。

ストーリーに引き込まれるのである。
今回は、主人公の家で起きた殺人事件が本当に友人の冴木によるものなのか、という探偵的要素である。

警察の描く事件の筋道は、

連続婦女暴行事件の容疑者である指名手配中の、友人冴木が、エリコを強姦して殺害した。

というものある。

「ひょっとして、お前じゃ、ないんじゃないか?」

  • 何故、幼少期に主人公と同様の経験をした冴木が連続婦女暴行事件の容疑者になったのか。
  • はたして本当にエリコを殺したのは冴木なのか。

物語の力で小説を捲る手が止まらなくなる。
いかに問題提起をしようとそれを読ませなくては作家として文学作品として意味がない。
そういって意味では文学作品と言えどエンタメ性は必要だと思い知らせてくれた作品である。

「中村文則」のおすすめ本

中村文則のデビュー作。銃を拾った彼は「私はいつか拳銃を撃つ」という強迫観念にかられる。銃という1つのアイテムだけで、178ページをノンストップで読ませる新潮新人賞受賞作。

悪意の手記
悪と仮面のルール

人をころすのどういうことなのか、という問いは僕がこれまでも何度か書いてきたテーマの一つで、(中略)同じテーマで書かれたものに「悪意の手記」、「最後の命」がと言う小説があり(中略)三部作のようになっている。
「文庫の仮説にかえて」悪と仮面のルール

この本を読んだひとにおすすめの本

罪と罰

作中で主人公が読んでいた小説。
強姦したホームレスを見殺しにした「最後の命」の主人公。正当化された殺人等についてをテーマにした「罪と罰」に繋がるものがある。

地下室の手記

中村:ドストエフスキーに出合ったことがセカンドインパクトでした。きっかけは『人間失格』の角川文庫版を失くして新潮文庫版を買い直したら、解説にドストエフスキーの『地下室の手記』のことが書かれてあったから。当時はネットもないですから、そういう風に本の中で別の本を見つけていくことが多かった。それで『地下室の手記』を読んで、こんなに暗い本が世の中にあるのか、あってもいいんだ、と思って。自分みたいに鬱々として生きている人間が他にもいると分かったのが太宰治でしたが、日本だけじゃないと分かったのがドストエフスキーでした。
作家の読書道

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