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【読書術】近代文学を読みにくいと感じる人へ

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こんにちは。

尾崎紅葉の「金色夜叉」を読んでいると、友達が覗き込んできて、
「よくもまあ、そんな文章を読んで理解できますね」と云われました。

確かに、雅俗折衷の文体は読みやすいわけではなく、読書をあまりしない友人からすると、難しく感じるようでした。

「でも例えば読みやすい文章だったら魅力ないよ、「金色夜叉」には」
と云うと、友人は首をかしげて聞きました。
「どういうこと?」
「だって、物語にはそんな魅力ないもの」
友人はわけがわからないという風に、私の顔をじっと見ました。
「ただ文章を読んでいるだけだよ、それが楽しいんだよ」

前置きのようなものが長くなりましたので、そろそろ、私なりの近代文学の読み方を書かせていただきますので、お付き合いください。

※近代文学と書きましたが、近代文学の中でも読みやすい本はありますので、そこは曖昧な定義づけだと考えてください。

近代文学の読み方

気がつくと近代文学以前の作品はいつの間にか古典に属するようになってしまったらしい。

というのも近代文学の現代語訳が発売されているのである。
近代文学は明治か戦前までといわれているので、74年前で100年も経っていないのに――。
74年前だと、まだ生きている人がいるだろうに、現代語訳が出てしまっているのである。

近代文学の魅力

近代文学の魅力はなんといってもその文章である。泉鏡花のリズミカルで幻想的な文章など、その時代の言い回しや、古文や漢籍の素養と、それらに付帯する語彙の量で読者を圧倒する。

なので、現代語訳で読むなんてもってのほかである。
当時の言葉で、当時の言い回しで、当時の風土を読むからこそ、魅力的なのである。

正直、私は近代文学のストーリーにそこまで魅力を感じていない。
というのもストーリーはどんどん進化していくからである。
現代の作家は過去の作家の物語を読んで、その物語に付帯価値をつけて出版する。
なので、現代文学のストーリーが近代文学のストーリーに負けることはそうそうないと思われる。

だが文章力は才能である。
ただ綺麗に読みやすく書くことは、誰でも気をつけて勉強すればできるが、雰囲気の出し方や、リズム感は才能から生み出されるものである。
そうして現代に残っている近代文学の多くは、当時の風土に根付いた文章の連続で、それも必然的に生まれる才能の1つである。

読みにくいと思われる文章は意味を捉えようとし過ぎているせいかもしれない。まずはとにかく純粋に、そのリズムに言葉に身を任せて読んでみてほしい。

あらすじから文章という順番

ここからが本題で、近代文学の読み方である。

読みにくいと思われる文章は意味を捉えようとし過ぎているせいかもしれない。まずはとにかく純粋に、そのリズムに言葉に身を任せて読んでみてほしい。

と書いたが、それじゃ物語が分からないじゃないかと思われるかもしれない。

そこで近代文学が読みにくいと感じたら、まずはあらすじを読み、あらすじを大まかに理解したら、その後に本を読んでみて欲しい。

それでも昔の文章ということで読みにくく、理解しがたいところもあると思うが、そういうのはすべて無視して、とにかくリズムよく読んでみて欲しい。

そうすると文章が理解できていなくても、どんどんあらすじとリンクしてくる。さきほど理解したあらすじにどんどんと、文章という肉づけが行われていくのである。

そうなってくると近代文学は凄い。
当時の風土や時代は、なんたって当時の言葉でしか言い表せないものである。
その魅力は読んでみないと分からない。
そうして読んでいるとその世界観にどっぷりとつかってしまうことになるだろう。

近代文学だからって気負わずに、ただその言葉、文章を介して、明治、大正の世界観に浸ってほしい。


いかがでしたか?
これはあくまでも私の考えですが、私はこの方法で近代文学を楽しめるようになったので、近代文学に苦手意識がある人は、ぜひ試してみてください。

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