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【紀行】七沢温泉 七沢荘~飯山観音(神奈川県厚木市)|第一阿房列車

七沢温泉 狸 旅行

美肌の湯 七沢温泉 七沢荘

珍道中

「何にも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行つてこようと思ふ」と言ったのは内田百閒先生で、それから四半世紀の時が経ち、「こうなったからには、いっそよその国で阿房列車を運転してみてはどうだろう。折りある毎に外つ国々を訪れて汽車に乗り、阿房列車を書く――。」と言ったのは阿川弘之先生である。
それから幾星霜――、わたしも阿房列車を運転したくなったので、運転席に乗り込むことにした。

基本的にわたしは引きこもりの性質があるので、友人の髪切くんをお供に誘うことにする。髪切くんは新宿の奥に潜むドラゴンのような名前をした美容室で働いている、高校の同級生である。髪切くんとは高校卒業後、茨城県のガマランド、京都、千葉県鴨川としばし旅行に出かけている。
今回も七沢温泉に行こうと誘うと、「よしきた」と2つ返事で了承してくれた。
とは言え、それじゃあ雰囲気が出ないので、参加状をLINEで送ることにした。

「このたび、阿房列車を走らせることにしたので、―― なんと君は栄えある同乗者に選ばれました。おめでとう!」
「ん?」
「大丈夫、こっちの話だからさ」
「ところで日帰りでいいんだよね」
「そのつもりだけれど、泊まりにする?」
「いや、次の日仕事だから大丈夫」
「じゃあ、日帰りで」
「ところで、七沢温泉っていくら」
「七沢荘に行くよ、値段は1,000円くらい。お金、大丈夫?」
「1,000円くらいなら大丈夫よ」
「よしじゃあ、このたび、阿房列車を走らせることにしたので、―― なんと君は栄えある同乗者に選ばれました。おめでとう!」
髪切くんからの返事はもう返ってこなかった。

七沢荘は神奈川県厚木市にある全国有数の美肌の湯である。湯はpH9.54以上の強アルカリ性らしく、ぬるぬるしていて気持ちがいい。わたしはここの温泉をつい最近知ったが、それいらい、足繁く通っている。

1月4日、特異日から3日経った今日もやっぱり拭ったような晴天である。
そういえば、どうやって行くかを決めていなかったと髪切くんにLINEをすると、
「今から家に迎えにあがるよ」
とのことである。
「住所知っているの?」
「それは教えて」
それからしばらくすると家の裏についたとの報告がきた。
しかしわたしの家の裏は畑である。
思わず家から出てぼーっとしていると、髪切くんから電話がきた。
「まだかしら、君は家から裏まで来るのにどんだけの時間を浪費するの?」
「いやいや、家の裏は畑だよ」
「え、じゃ、俺はどこにいるの?」
「知らないよ」
畑からの、遮るものがない吹きさらしの風が冷たいことを改めて認識して、
「やっぱり家の裏は畑だよ」と言ってみる。
「なんで改めて言うの」と髪切くんは笑って続けた。「平場の近くにいるよ」
「なーる、わかりました。向かいますね」
それからしばらくして、広場の横に停まる小さな車から、ぬっと顔を出した髪切りくんを発見した。
「新年あけましておめでとう」
わたしが言うと髪切くんも曖昧な新年の挨拶をして、続けた。
「結婚おめでとう」
「ありがとう」
「どう、結婚生活は?」
「良いよ、君も早くしたいもんですね」
「別れたばかりの男を捕まえて、ひどいことを言いますね、君は」
「今日は家でカレー食べていってください」
「悪いなあ、菓子折り買って行く? 七沢で」
「七沢の菓子折りはいらないってさ。――ところでいつまでここにとどまるのよ」
「行きますか」
そう言って、髪切くんの運転する車は、その車の大きさからは考えられないようなのんびりとした動作で進みはじめた。

今回は阿房列車と言いながらも車で七沢へ向かうことにする。
しかしやっぱり旅行は電車でのんびりと行くのがいいと思うのだが、髪切くんはわたしの気持ちも知らずに、ジュディマリを聞きながらのりのりで運転している。
「懐かしいなあ。大学の時に18切符で京都に行ったときは、腰が爆発するかと思ったけれど、あれはあれで良かったよね。千葉の鴨川に行ったときも中央線から外房線と乗り継いで、随分時間がかかったけれど、楽しかったよね」
「なになに、電車のほうが良かったみたいな雰囲気を感じるぞ、ひしひしと」
「いやいや、まさか運転してもらってそんなことを言うはずないでしょうが」
「君は言うでしょう」
「まあ正直、電車のほうがなんかいいよね、七沢に行く電車なんてないけれど」
「なんで電車とかバスのほうが旅情を感じるのかしら」
「きっと遠回りするからじゃない? 関係ないところも通らないといけないじゃん。電車とかってさ。それでそういったところに意外と旅情を感じる場面があるんだよ。
なんか車って、いろいろすっ飛ばして、最短距離で向かう気がするんだよね。能率化能率化って言いながらさ」
「能率化能率化って言ってる?」
「間違いなく言ってるね」

今日4日は金曜日になるので、年始休みになっている会社も多いそうだが、道はやっぱり平日と変わりなく空いている。
「七沢も空いてるかな?」
わたしはがらがらの道を見ながら言った。
「わからん。そもそも俺は七沢に行ったことがない」
「え、そうなの? 厚木市民なのに」
「厚木市民は意外と行かないものだよ、たぶん」
「じゃ、誰が七沢に行くんだよ」
「君みたいな物好きだよ、きっと」
物好き呼ばわりされたわたしがむっつりと黙っていると、
「ところで、なんて君の妻に挨拶すればいいのだろうか」
と髪切くんが聞いてきた。
「え?」
「いやだってご飯作ってくれてるんでしょう?」
「うん、ジャワカレーね」
「辛口?」
「中辛」
「ちがくてさ、なんて挨拶すればいいの? 3年生の時に同じクラスで、友達やらさせていただきました髪切です。どう?」
「いや、そもそも3年の時、君と違うクラスだよ。それになに、やらさせていただきましたって。よく分からないけどおかしくない?」
髪切くんはじっと考え込むように黙り込んだ。車は快適に進んで、「ようこそ、七沢温泉へ」という幟が見えてきた。
相変わらず七沢では人の姿が見えない。こんなんで将来の村経営は、大丈夫なのかしらと心配になるほどである。

第一村人発見というように、畑を見回っているおじいさんを見つけた。おじいさんはじっとこちらが通り過ぎるまで、2つの目玉でなめるように見ている。
その目つきが嫌に感じが悪くぞっとした。
あたりを見渡すと目の前にはこちらを見ながら電話をしている老婆がいる。
彼らはわたしたちを監視しているのかもしれない。
――もしかするとここの集落は入り込んできた人を飲み込むように、返してくれないのかもしれない。
「ねえ、これどっち」
髪切くんは目の前にある看板を指さしている。
わたしはその言葉にぎょっと驚きながらも妄想から引き返された。
「どっちも何も看板に従いなさいよ」
「いやね、ナビは反対を示しているわけですよ」
「好きなほうに行くしかないでしょう」
髪切くんはナビを信じることにしたらしい。
道はさらに細い坂道を登って行く。
「さっきさ、おじいさんがじっとこっちを見てたの気がついた?」
「いや、どうして?」
髪切くんは小刻みにハンドルを切りながら言った。
「いや、見ていないなら別にいいけどね」

そうこう言っていると、七沢温泉の恐怖顔狸が挑発するようにお出迎えしてくれた。
わたしはその顔にまたぞっとさせられた。
七沢温泉 狸

厚木市 七沢温泉 七沢荘

七沢温泉 七沢荘

七沢荘にはじめてきた人は、宇宙パワーとかなんとか書かれた石にまず恐怖する。
「これ嫌に宗教じみているけれど」
と、髪切くんも怯えたように言った。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。ほらこの石に手をおいてごらん。力が漲ってくるからさ」
髪切くんはもっと怯えたようにわたしを見た。
「冗談冗談、行きましょう」
そう言って、入り口から館内に入るとまた石と遭遇することになり、今度はとても大きい。
七沢温泉 宇宙パワーストーン

髪切くんは今度は呆れたようにわたしを見た。
何でもここは「ゼロ磁場」と呼ばれる場所があるらしい。
ゼロ磁場とは磁力が地表の近くでぶつかり合い、お互いのパワーがせめぎあっている場所のことを言うらしく、日本では伊勢神宮や高野山など日本のパワースポットが集中しているらしい。
うんちくのように髪切くんにそう言うと、
「で、ゼロ磁場に入るとどうなるの?」
「何でも心が落ち着くらしいよ」
「なるほど、確かに落ち着いてきた」
「だめだよ君、人間が知識に屈服しちゃあ」
「君が最初に屈服したじゃないか」
石の前から動かないわたしたちを従業員が不思議そうに見ている。

日帰りの場合、11時から14時まで昼食が食べられるので食べることにした。前回食べた猪鍋が美味しかったので、また頼もうと思っていると、そんな高いのを食べるのかと髪切くんが言うのでよした。2,500円の猪鍋から1,200円の鉄火丼を食べることにした。
髪切くんは蕎麦アレルギーのわたしの前で1,300円の天ぷら蕎麦を食べることにしたらしい。
「お食事ができるまでそこでお待ちください」
と言われ、ロビーと呼んでいいのかわからないところで待つことにした。

「なにかお土産買って言ったほうがいいよね?」
「なんで?」
「いや、ご飯も作ってもらったしさ、菓子折り的スタンスで」
「いいのある?」
「ない」
「じゃ、いらないよ」
「でもさあ」
そう言って髪切くんはうろうろしている。わたしも彼と一緒にお土産を見ることにした。
「入浴剤があるじゃないですか」
「どれどれ、顔パックもあるじゃないですか」
「これでいい?」
「俺の顔パックも買っておいてね」
「ふたりで楽しんで」
そんなこんなしているとご飯ができたとの連絡がきた。

鉄火丼は想像していたより数倍美味しかったが、横で猪鍋を食べているおじいさんが羨ましくて仕方がない。
「君のせいだよ」
「なにが」
「猪鍋に猪突猛進するべきだった。今年の干支は猪だしさ」
「そういえば俺、後厄だよ」
「え、早生まれ?」
「そうだよ」
隣の猪鍋が羨ましいので、早々に食べて風呂に向かうことにした。

長い通路を辿るとお風呂につくが、その間にある宇宙パワーを感じることができる箱のようなものに、髪切くんは怯えている。

七沢温泉 宇宙パワーBOX
「大丈夫ここ? 本当に」
「わからない」
ちなみに宇宙BOXは45分、2000円で宇宙旅行に行った気分を味わえるとかなんとか。

温泉は加温した源泉で、内風呂1つと外風呂が1つ。外風呂は1つが3つに分かれていて、それぞれ温度が異なっている。
シャワーからも源泉が出ているのか少しぬるぬるしている。
「寒い寒い」
と言いながらもシャワーをさっと浴びると、
お湯に潜り込んだ。
――実に極楽である。このまま死んでもいいと思うが、それは良くないとすぐに思い直した。
ぬるぬるとしたお湯が肌にまとわりつくようで、気持ちいい。さすが、全国美肌の湯ベスト9に選ばれただけある。
3が日を過ぎた4日で平日のためか、客は少なく、のんびりと過ごすことができる。
わたしたちは寝湯にごろんと寝転がり、空を見上げならお風呂を満喫した。
お風呂が浅く、風が吹くとお腹が冷たい。
「お腹が冷たいよう」
髪切くんが言った。
「逆上せなくていいよ」
「お腹下すぜ、これじゃあ」
そう言ってわたしたちは熱い温泉に移った。そうしてそこにも浅い箇所があったので、ごろりと寝転がって、空を見上げる。
人がまばらで、窮屈せずにすむので、実に良い。
「七沢に行くときはさ、いつも晴れてるんだよこれが。ゼロ磁場のおかげかしら」
「君が晴れてるときに行くだけでしょう」
髪切くんが自信満々にそう言ってなるほど、と納得した。空は拭ったように晴れていて、時折白い豆粒のような飛行機が動いているのか止まっているのかわからないスピードで、空に浮かんでいる。

風呂を出で、庭園のような公園のような広場で少し湯冷ましをする。
七沢温泉 お庭

ぬくぬくと火照った体に冷たい風が染み入るようで心地良い。
「なんかここもまた怪しげだね」
髪切くんは温泉で心にゆとりを持てたのか、先程までの怯えた表情とは打って変わって、余裕の笑みを浮かべて言った。
また長い廊下を通ってロビーに向かう。途中で温泉水を飲めるところがあるので、干からびた体内に水を流し込む。それがまた染み入るようで、気持ちいい。しかもまた温泉水とのことで、なんだか体に元気が漲るようである。
七沢温泉 温泉水

飯山観音 長谷寺(ちょうこくじ)

その後、ぬくぬくした体で、飯山観音に初詣に行った。

飯山観音_1

「万事上手くいきますように!」
わたしは心の中で声高に叫んだ。
今年になって3回目の祈りである。
いろいろな神様に浮気をするなと言われそうな気もするが、都合の悪い言葉は無視することにする。

髪切くんは御朱印をもらって満足そうな顔をしている。
「寒い寒い」
と流石に暖まった体も冷えてきた。
「帰ろう」
「うん、帰ろう」
「家帰って暖房をつけよう」
「家に帰ってカレーを食べよう」

飯山観音_2

後記

カレーを食べて髪切くんが帰るというときに、ちょうど妻が帰ってきた。
髪切くんは直立して、
「ありがとうございました。お邪魔しました。カレー、スープ美味しかったです。お邪魔しまた」
とノンストップで言って、90度に頭を下げた。
妻は笑って「そんなキャラだったっけ?」ところころしている。
「徴兵帰りだから仕方ないね」
「なにそれ?」
髪切くんはそう言って、
「ところで阿房列車ってなに?」と、問いかけを続けた。
「え?」
「LINEのさ」
「あー、気にしないで」
「気にしない気にしない」
温泉で心にゆとりを持った髪切くんは、そう言って帰っていった。

七沢荘について

全国美肌の湯ベスト9にも選出されたことのある美肌の湯

  • 平成元年より3年かけて掘削した東丹沢唯一の本格的天然温泉。
  • 県下最高濃度を誇るお湯はpH9.54以上の強アルカリ性でリンス作用を持つメタホウ酸・メタケイ酸を含んでる
  • 全国名湯百選・美肌の湯ベスト10にも入っている
  • 日本の名湯百選 (健康と温泉フォーラム実施) にも、選ばれている

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