《随時更新中》夏に読みたい本をまとめました

【紀行】「三養荘」訪問記(伊豆長岡)

富士山 旅行

「何にも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行つてこようと思ふ」と言ったのは内田百閒先生であるが、私もその例にならって、伊豆へ行くことにした。
しかしひとつハッキリとさせておかないといけないのは、百閒先生と違い、仕方なしに用事がない旅になったということである。

日が出る前に家をでた。
私の家は集合場所から旅行先である伊豆への通り道にあるのだが、どこに行くにしても「新宿」に集合するというのが、私達のルールである。
連休中日の微妙に混んでいる早朝の車窓から見た空は、冬の訪れを予感させるようにさっぱりとしていた。

新宿にはいつもの通り、B君がいてそれ以外はいない。
「みんなは?」
「わからない、遅刻じゃない?」
私達の旅行は往々にしてこの言葉から始まる。時計を見ると7時30分、ちょうど集合時間をすぎる時であった。
「今日のプラン聞く?」
計画に関しての肝煎であるB君がどこか浮き浮きした表情で尋ねる。
「うん」
「未定」
「え?」
「いや、未定」
B君は嬉しそうに笑っている。私も何だが面白くなって少し笑った。
「ところでさ、新宿までくる必要あったの?」
「ないよ、でもそういうものだろ」
「変わってねぇじゃん」
そう言ってB君は私の肩を叩くふりをした。
私達は前会社の同期で、始発の旅やらよくわからない思いつきで、旅行をしてきた。転職をしたことで、以前よりも会う回数は減ったが、まだたまに会ってはよくわからないリズム感、身内のノリをふんだんに混ぜ込んだ会話をしている。
私から遅れること5分くらいでR君がきた。何だが身長が伸びた気がする。
「大きくなったね、なんだか」と言うとR君も楽しそうに、「エアだわ」と言う分かりそうで分からない返答をした。
そんなこんなで話していると、隣にU君がいた。
B君はT君からきた電話に対応している。
「南口だよ」
「なんで分からないの」
「JRの方だよ」
電話をしながら南口を抜けると、新南口から歩いてくるT君の姿が目に入った。
「南口は小田急じゃないの?」
T君は開口一番に言い放った。
「JR南口だよ」
「JR小田急でしょ?」
「え?」
みんなの声が揃ってT君が狼狽えるように、「違うかもしれない」と言いだした。
「これだから埼玉人はいけない」と誰かが言った。
空は抜けるような青空で、私たちはレンタカーの貸出を行った。
阿房列車という名前で物語を進めてきたが、これからはハイエースに乗って驀進していく。

「行き先は?」
「とりあえず『さわやか』じゃない? 静岡といえばさ」
「五反田の?」
「五反田は品川の横だよ」
「大崎と目黒の間だよ、正確にはさ」
車内は音楽と会話で渋滞している。道は思っていたよりも空いていて、すいすいとかわすように進んでいく。
「函南にあるらしい」
「はこなん?」
「分からないから、電話番号でいいよ」
運転席にはR君が座っている。私は助手席で、ナビ操作という一番大切な仕事をしている。
すいすいと進む車のなか、
「止まってくれないと操作できないしい」
「え、もう分岐点だよ」
「止まれない?」
「止まれない」
「めちゃくちゃスピードだして、後ろの車を巻いてから少し止めよう」
「無理だよむり」
R君は困ったように言う。私も困ったので、とりあえず高速に乗ることにした。
「富士山目指せばどうせ静岡につくよ」
「富士山信仰は間違いない」
後ろでは猿のように3人がはしゃいでいる。
そうこうしていると本当に富士山が見えてきた。雪を被った富士山は雄大で、壮大で、どうしたって勝てる気がしない。

富士山
「生富士!」
「なんか雲が低くない? あれ雲?」
「生富士撮れよ」
後ろでは3人がそれぞれはしゃいでいる。開け放った窓から冷気が車内をかき回した。
どこまで行って富士山はついてきた。
「富士山って敬称略で呼ぶと、富士だよな」
誰かが言ったが、それは車内をかき回した冷気と一緒に外に消えた。

10時30分に『さわやか』に着いた。
「名前書いてくるよ」とR君が言って車を降りていった。B君も車降りて、タバコを吸っている。吸い終えると車の外から私達に向けてカメラを向けた。
「何撮ったの?」
「いや、車が曲がってるからさ」
そう言って向けた写真は確かに曲がっている。

レンタカー
「ヤンキー止めだわ、これは」
誰かが言ってるとR君が帰ってきて開口一番に、「ヤンキー止めしたわ」と言った。
私はヤンキー止めという言葉が、当然のように使われていることを不思議に思いながらも頷いておいた。
「何番目?」
「いま11人待ちだった」
「何時からなの?」
「あと30分後らしいよ」
「人気だね、さわやか」
「人気だよ、さわやか」

私達は時間を持て余すということがない。暇なときは常に「ワードウルフ」をする。
ディズニーランドでも乗り物より「ワードウルフを楽しんだ」私達はさながら「ワードウルフ研究会」である。
ワードウルフとは、簡単に言うと仲間はずれを探すゲームである。それぞれに同一のテーマが与えられるのだが、1人だけが違うテーマを与えられる。そのテーマが違う人をみんなで見つけるゲームである。
例えであるが、話題は市民(多数派)が「イケメン転校生」でウルフ(少数派)が「眼鏡をかけた転校生」であった。
「会ったことある?」
「俺はないなあ」
「ドラマの世界だよな、こんなもの」
「見たときどんな反応する」
「まあ、2度見するよね」
ここらへんで、ウルフは自分がウルフであると気がつくのだが、市民のテーマがわからないので、合わせることができない。
ウルフはなんとか墓穴を掘らないように、話を合わせていくことになる。
市民は怪しいと思った人をどんどん追求していく。
「え、本当に見たことないの?」
「俺はあるよ」
と誰かがかまをかけることもある。
そんなこんなで盛り上がっているとあっという間に、開店時間がきた。
私達はぞろぞろと入って番号が呼ばれるのを待った。
U君が半分に折った番号をT君に見せた。
「え、最初?」
T君が驚いたように言った。
「1番のかた」と係が言って、T君が返事をしてついていくのを私達はじっと見守った。
本当の1番の人が驚いたようにT君を見ている。T君は私達がついて来ていないのを見て、にやけた顔で戻ってきた。
「おい」と言った。
私達はそれを無視した。
『さわやか』で有名なのはげんこつハンバーグなるもので、それを食べに来たようなものなのに、T君はなぜかビーフシチューを頼んで文句を言っている。

さわやか ハンバーグ
「だから言ったのに」
「でも期間限定だったから」
「そもそもここがすでに地域限定だからさ、よく来るなら期間限定頼んでもいいけど、それは違うでしょう」
「T君は人の意見を聞かないからいけない」
前も彼は山梨に行ったときに、みんなでビーサンを買ったのに頑なに靴で行くと言いはった。
「どうして?」
「ビーサンで川に入ったら川が汚れるでしょう」
という不思議な理屈を言い張って、汚れた靴で川に入った。
私達は今回もこれで、もう彼に言っても意味がないと、何も言えなくなった。

「釣りをしたい」
とB君が言った。
「肉を食べたから魚を釣りたい」
とB君もまた不思議な理屈を話した。
「年間鮎釣り券買うでしょう」
「当然だろ」
「どこでできるの?」
「なんか浄蓮の滝でできるらしい」
「行こうぜ」

これからはT君がハンドルを握ることになった。
B君は絶対に助手席に乗りたくないと言う。彼は1度T君の助手席で、あまりの前方不注意が続き本気で怒ったことがある。
また名誉ある助手席は私になった。
危ういハイエースは地獄のドライブへと出発する。
T君はなぜかナビを見ることができないらしく、道を間違えかけて急に直進車線に割り込んで、後ろの軽トラックから怒涛のクラクションを食らった。
「死ぬかと思った」
T君はつぶやいて私達は言葉を失った。
なぜかしんとした車内で、彼はその後こっそりと道を間違えた。後部座席の3人は気が付かなかったが、ナビがルートを再検索している画面を呆然と見ていた。ほんの少しナビに同情もしていた。
その後、1回の信号無視をはさんで、浄蓮の滝についた。なぜかみんなのテンションがだだ下がりしているが、もう誰もそれには触れない。

浄蓮の滝

私達はそれぞれ釣具をレンタルして、ニジマス釣りを始めた。釣りは30分で、約1000円くらいである。餌はいくらで、あまごが稀に釣れることもあるらしい。
釣り堀だけあって、すぐに釣れる。が、現代っ子のせいか、釣った魚が気持ち悪くて触れない。苦心して針を外すと、なんだかもう釣る気がなくなってしまった。
見渡すと澄んだ水がなかなかの勢いで流れている。魚はそれに逆らうよう、同じ場所に居続ける。

浄蓮の滝 釣り堀
「見てあれ」
Bくんに言われて、T君を見ると彼は武士のように、かからない釣り針を眺めている。
釣った魚は有料コンロを借りてる調理することができる。

浄蓮の滝 ニジマス
それは特に美味しものではなかった。
手の生臭さだけはいつまで経っても消えなかった。

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